
招待状と同じく席辞表と席札は、業者に頼むか、自分たちで全て手作りするか。それを
選べるようにしている。
手作りするのは本当に大変なのだが、ある程度のひな形・・・・・・とでも言おうか、過去のよく
できたものを数十種類を見本資料として渡し、それらを参考にしてプラス自分たちの色を出す
ようにがんばって作る。簡単に言うとそういう作業になる。
山口さんも、もともと細かい作業が苦にならない人でもあるし、パソコンでのデザインも仕事柄
得意ということもあって、招待状と席辞表、席札は手作りで、ということでやってきた。
けれど、人間手作業すると必ず1つや2つ、ミスを犯す。
そしてこの席次表と席札というものは、出席者の名前なので誤字は失礼に当たることになり、
絶対にあってはならない。
私と、枕木主任と、打ち合わせを終えた七海の3人ががりで、山口さんから前もってもらっている
出席者の最終リストと、今日作って持ってきたものの名前部分を1つ1つ照らし合わせながら、
確認作業をする。
名前の記載ミスのあった席札3通を手に、私は山口さんたちがいる丸テーブルのフロアへ
向かった。
「この3枚が、間違いが見られました。山口比呂志さま、の志が‘士’となっています」
と、私が全ての間違い箇所を伝えると、山口さんはがっかりした表情をした。
「そうですか、やっぱり見落としがあったんですね」
「でも後は、大丈夫でした」
私はそんな山口さんを元気づけるように、声のトーンを少し上げる。
「とっても素敵な席次表と席札ですね、春らしくって。ご苦労様でした」
山口さんと野木さんは、何かほっとしたような顔で微笑みあった。
「この分は持ち帰られて訂正されましたら、お式の前日まででかまいません、いつでもお持ち
ください」
「いえね、私はこういった間違いが絶対起こると思っていたんですよ。だからきちんと、業者に
頼んだ方がいいと言ったんですよ」
と、ここで山口さんの母親が、隣から口を挟む。
私は一応、微笑みながら彼女の方へ顔を向けた。
「親戚には口うるさい人も多いわけだし。名前が間違っていたなんてなれば、私がなんと言われる
か・・・・・・。若い人たちのいまどきのお式もいいんですけどね、やっぱり結婚してこれからお世話に
なる親戚の方々に、失礼のないような挙式にしないとね・・・・・・」
山口さんの顔を見ると、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いている。野木さんは、かわいそうに、
彼は新しい姑には全く頭が上がらないらしく、彼も俯いたままだ。
私はとにかく、微笑んだ。こういうタイプの女性には、微笑しかないのだ。
「分かります、お母様。ご心配ですよね。けれど、山口さんも、野木さんも、お時間がない中
一生懸命準備していらっしゃいます、どうぞお2人を信じて、任せてあげてください。私どもも
精一杯、ご親戚の方々にご無礼のないように、準備の段階から当日も充分に気をつけてまいり
ますので」
彼女たちを駐車場で見送って、私は春の夜風に少し身を震わせた。
腕時計を見ると、もうすぐ8時になるところだ。今日は早番の、遅番になってしまった。
建物の中に入ろうとした時、2階からこの駐車場に降りて来ることができるレトランの非常階段
から、カンカン、と足音が聞こえた。見上げると、高津マネージャーが降りてくるところだった。
「よお、夏八木くん」
「高津マネージャー。ご苦労さまです。今日は遅い日ですか?」
下に降りてきて、くわえていた煙草にライターで火をつけた彼は、私と並んで丘の上から市街地の
明かりを眺めた。
私は先ほどの事の顛末を簡単に話した。みぞおちのあたりをモヤモヤとさせるこの気持ちを、
思わず吐き出してしまった。
「私、口では精一杯‘デキる式場の人’ぶって、そのお母さんに優等生の答えを言ったんですけど、
本当は心臓が飛び出しそうに緊張してたんです」
「緊張したの?目上の人に意見するから?」
「それもあります。少し前に、枕木主任がお打ち合わせしている所を拝見して、そのなんと言うか、
私には絶対真似できないようなプロという対応の仕方に感化されたというか、近づこうとしたという
か・・・・・・。でも、ドキドキでした」
「枕木さんはベテランだからさ。彼女がさらっとできることを、君がまだドキドキなのは当たり前
じゃない?」
私は、そうですよね、と高津さんの顔を見た。そこでふと、高津さんと枕木主任は以前から
知り合いだったと聞いたことを思い出した。
「高津マネージャー、枕木主任が新人だった頃をご存知なんでしたっけ?」
「俺?ああ、知ってるよ」
煙草をふかしながら、彼は遠くの街の灯りを眺めた。そしてクッと、煙草をくわえた口で笑う。
「今の君にそっくりだったよ」
私は驚いて、高津さんの横顔を見上げる。
「まだここの教会ができる前、山之内ホテルで一緒に働いていた頃な。とにかく‘一生懸命’
と顔に書いたような新人だったよ。そして常に緊張して、自信がなく、でも不思議な強さを持って
いた。相手に与える安心感も、今と変わらないぐらいあったな」
私は不安な気分になる。それって、少しも私に似ていない。今の私は、全くそれとは正反対だ。
その私の気持ちを察したように、高津さんは煙草を持っていた携帯灰皿でもみ消してフフフ、
と笑った。
「君のいいところはね、自己評価が低いところ。それって強みだよ」
私はじっと高津さんの顔を見た。彼が部下たちからとても慕われているのは、こういう相手の
長所をみつけて率直に伝えてくれるところ。
私は、心の中の尊敬する人ベスト3のうちのもう1人が彼だったことを思い出した。
「うちの娘がさ、長女の方なんだけど、何もわかっちゃいないくせに自己評価だけ高い子でね・・・・・・
こればっかりは嫁さんに似たんだな」
そう娘さんと奥さんのことを話す高津さんは、既にマネージャーの顔から父親の顔へ変わっている。
私はなんだかおかしくなって、声を立ててその話に笑った。
photo by ミントBlue